組み込みシステムとITとの出会い

アジャイル手法とSAFeを活用した車載組

従来のVモデルの開発プロセスは長年にわたり大きな成果を挙げてきました。しかしながら、コネクテッドカーの自動運転に用いる複雑なソフトウェアシステムの領域においては、この従来型のアプローチには限界があります。それでは、このアプローチは完全に不適切なのでしょうか?  答はイエスでもありノーでもあります。

自動運転コネクテッドカー向けのソフトウェアは決して完了することがありません。絶えず無線通信(OTA)を介した更新が必要で、開発プロセスもその影響を受けます。プロジェクトの複雑さを事前に予測することが困難で、分野によっては開発目標である詳細仕様を作成することさえ非常に難しい作業になります。従来のメソッドでは、開発チームはいわゆる「目視運転」を行います。技術的に行き詰ったり新たな局面に遭遇したりすると、数ステップ前に戻らなくてはならず、同僚やサプライヤをも巻き込むことになってしまいます。

このジレンマに直面したとき、IT業界は「アジャイル方式」という手法を編み出しました。これは、短時間で作成したプロトタイプをただちに顧客に評価・承認してもらうものです。アジャイル開発のフレームワークであるScaled Agile Framework (SAFe)では、製品開発のあらゆるレベルに合わせてアジャイルな作業方式を取り入れることを可能にする、メソドロジーツールボックスが提供されます。 ここでの唯一の課題は、この手法で自動車業界の高い安全要件をも満たせるか、ということです。

図1:Ralph Douglas Staceyが作成したStacey Matrixは、問題を要件の複雑さと技術知識の程度に応じて分類します。

適切なツール

Tソフトウェア開発において、物事を進めるための唯一の「正しい方法」はありません。プロジェクト開始にあたって要件や技術情報の不明点が多い場合は、柔軟性のあるツールを選定することが重要になります。釘を使うのかネジを使うのかが明確でないのにハンマーを持つわけにはいかないですから。開発手法の場合も、作業内容がわかって初めて、どのメソッドが有効であるかがわかるのです(図1)。

プロジェクト立案者が初期評価を行う際には、Dave SnowdenのCynefin Framework(図2)が役に立ちます。作業が単純で原因と結果の関係がはっきりしているのであれば、「ベストプラクティス」のアプローチをとることができます。 一方、作業が複雑になると、因果関係の原則を分析したり専門知識を応用したりして、「グッドプラクティス」のアプローチを探し当てなくてはなりません。Vモデルに基づく自動車開発プロジェクトでは、そうしたグッドプラクティスのアプローチが一般的になっています。

問題が複雑な場合は、後で振り返ったときに初めて原因と結果の関係を理解できることがよくあります。プロジェクトの開始時点においてそれを完全に把握することができない場合、新技術を導入する際には、短いサイクルで実験的に作業を進めることになります。アジャイルな作業方式とSAFeを取り入れたこの段階的アプローチは現在、自動運転コネクテッドカーの開発プロジェクトに好んで用いられるようになっています。Snowdenのフレームワークで最後のレベルに置かれているのは、カオス状態に関する問題です。因果関係を特定できなければ、開発者は試行錯誤に頼らざるを得ず、状況をコントロールするために絶えずメソッドを修正しなくてはなりません。これは、きわめて危機的な状況で取られるアプローチです。

図2:Cynefin Frameworkによれば、問題の性質に応じて異なるアプローチが必要です。

ここまでを整理すると、目標を達成するためにどのアプローチが最速であるかは、主として問題の種類に応じて判断すべきであるといえます。現実の世界では絶えず作業内容が変化し、技術情報は増加していくため、常に目標から逸れることなく着実に前進できるような十分な柔軟性を備えた手法を選択することが必要です。l.

目標を見据えて

未知の技術を使った複雑な車載システムの開発であっても、アジャイル手法を用いれば、開発目標へ向かって少しずつ段階的に作業を進めていくことができます。 このプロセスでは終始、全体目標と中間目標をしっかりと見据えていることが大切です。そしてすべての段階において、顧客にとっての付加価値が決定要因となります。

漸進的なアプローチを用い、プロトタイプをただちに顧客に評価・承認してもらうことにより、必要に応じていつでも進路を変更することが可能になります。すべての決定は、全作業の配分と優先順位付けも含めて、チーム内部で行います。 効率的なプロジェクトを立案し、作業の適切な優先順位付けを行い、最終的に最良の技術ソリューションにたどり着くには、最大限の透明性と相互信頼が不可欠です。

The Scaled Agile Framework(SAFe)とは、アジャイルな開発手法を支援するための組織とワークフローのパターンを組み合わせたものであり、Kanban、DevOps、Scrum、顧客/ユーザー指向、Big Roomプランニング、PI(Product Increment)プランニングなどがあります。この最後のメソッドでは、関係する全員が仮想上の1つの部屋でアイデアやビジョンを出し合う機会を与えられ、それらを実現するのに最も適した共通のルートを決めることができます。このアプローチにより、製品管理と製品開発に一貫性を持たせることができます。

導入の過程で得られた経験

EETASが約10年前から採用しているソフトウェアのアジャイル開発は、その時々の新しいテクノロジーを採用しながら徐々に導入されたものです。最初のチームは、ヒートマップを活用したベネフィット分析から始め、2011年には新アプローチによる業務を開始しました。メンバーはすぐにアジャイル手法を理解して採用することができ、成功したプロジェクトの数は着実に増えていきました。 2014年には、組み込みシステムとハードウェアの開発領域のチームにもアジャイル方式が導入されました。2017年からは、チーム間コラボレーションの段階的なスケーリングと開発業務のコーディネーションにもSAFeが活用されています。

新たな方法論を成功させた鍵の1つは、各グループや部門の長がスタート時からそれを支持し、積極的に広める努力をしたことでした。しかし課題もありました。他に先駆けて新メソッドを導入したグループがすぐに気付いたのは、「絶対的に正しい」または「絶対的に間違った」アプローチというものがもはや存在しないということでした。つまり、ある問題に対して最も有効であったメソッドでも、個々のケースについては再評価する必要があったわけです。そこでグループは再評価にStacey MatrixとCynefin Frameworkを用いるようになりました。容易に問題を分類して共通の理解に到達することができ、どの手法を選ぶべきかという発熱した議論は過去のものになりました。

当初は、各チームがそれぞれのやりかたでソリューションを作成し、最適化を行っていたため、ポートフォリオに重複が生じることがありました。その結果、類似した機能を持つ複数のコンポーネントが開発されて販売されるという状況が起こり、ユーザーは混乱し、維持費がかさみ、製品の相互運用性が損なわれてしまったのです。ETASはこれを解決するため2014年に「ソリューション」についての原則を定め、ETASにおけるソリューションを「複数の製品とコンポーネントとの連携に基づく機能」と定義しました。1つのソリューションは顧客が抱える少なくとも1つの問題を解決するものであり、各製品間の相互運用性が保たれなければなりません。この原則を実現するには前出の「PI(Project Improvement)プランニング会議」が不可欠であることが証明されました。共通の目標に焦点を合わせることで作業手法が目に見えて変化し、モチベーションも飛躍的に向上しました。

図3:組織の2つの基本構造は骨格と筋肉にたとえられます。

その他の重要な知見

技術的な複雑さだけでなく、プロジェクト間の調整も非常に重要で、ETASのポートフォリオ製品間のさまざまな依存関係や相互作用も考慮しなければなりません。相互運用性は顧客に付加価値をもたらすため、依存関係の管理と制御を簡略化することが決定されました。そのためには、アジャイルな作業手法を組織のフレームワークに的確に組み入れる必要があります。DevOpsの自動化手法はこれにはうってつけのアプローチです。開発、IT管理(運用)、品質保証(QA)のチーム間のコラボレーションを円滑化するため、動機やプロセス、開発ツールを共有します。

プロセスの最適化とデジタル化は互いに緊密に結びついています。 顧客にとっての「価値」を生み出す事業組織は、それを支える組織構造から切り離すことができません。これはまさに、人の筋骨格系を形成する筋肉と骨にたとえられます(図3)。そこで始まったのが、アジャイル方式の導入によるホリスティック(包括的)な変革です(図4)。変革は決して自動的に進むわけではありません。不満や疑念を解消するための効果的な方法の1つは、よい関係にある同僚を仲介役にすることです。上層部からの明確なコミットメントや責任の明確化も、前提条件として欠かせません。

図4:多数の領域が関連する組織開発

まとめ:得られた成果

導入から10年が経過し、ETASのアジャイルな作業手法は好ましい成果を挙げています。計画の信頼性と顧客の満足度は目に見えて改善されました。私たちはこの新しい作業モデルを使って、ASPICEやISO 26262の安全要件を達成しています。生産性も社員の満足度も向上し、より高い信頼性を実現できていることが、方向性の正しさを裏付けています。このアプローチはBoschグループ内だけでなくSAFeの世界においてもパイオニア的な取り組みであると見なされています。アジャイル手法を実践しているという事実は、熟練した人材を求める競争の激しい市場においてETASの魅力を高めることにもつながりました。そうした効果にも勇気づけられ、私たちは今後もコネクテッド製品の未来へ向かって、アジャイルな道を歩んでいきます。

執筆者

Richard Mutschler、ETAS GmbH
アジャイルリーダーシップ チャプター主任 兼 コンピテンス&ソリューショントレインエンジニア、リーンアジャイルセンター長
Oliver Trost、ETAS GmbH
プロダクトマネジメント分野 チャプター主任
Jürgen Crepin、ETAS GmbH
シニアマーケティングコミュニケーションマネージャ