進化と変革、そして枠を超えた新発想へ

自動車業界は「ITとの遭遇」への準備ができていますか?

自動運転、コネクティビティ、新しいビジネスモデル。それらはソフトウェア開発者に大きな課題を突き付けます。安全性を損なうことなく、絶えまない機能向上と市場投入期間の大幅な短縮を実現できる、そのような新しい開発手法が求められています。私たちはこの課題を克服できるのでしょうか?

1968年夏のメキシコオリンピックでのことです。走り高跳びに出場した米国のDick Fosburyの新しいジャンプテクニックに、人々は当初、疑いの目を向けていました。ところが彼は金メダルを獲得し、オリンピック新記録を打ち立てたのです。Fosburyが使ったのは、バーに正面から向かうのではなく、仰向けになって飛ぶ「背面跳び」という方法でした。これは現在「フォスベリーフロップ」とも呼ばれ、走り高跳びにおいて主流の跳躍法となっています。この方法で、女性のトップアスリートは約2.10メートル、男性なら2.40メートル以上を跳ぶことができます。

さて、このことと車載エレクトロニクスの未来とにどのような関係があるのでしょうか?必要なパフォーマンスの向上を達成するには、今日の開発手法を最適化するだけではもはや不十分である、とETASは考えています。自動車業界における車載ソフトウェア開発手法は、現在は主に安全性と長期的な市場サイクルに目を向けたものになっています。しかし今後、急速に複雑化が進む中で、コネクテッドカーや自動運転車のソフトウェア要件を満たしていくには、開発手法を根本から変えていかなければなりません。 まさに50年前の走り高跳び選手と同じように、車載ソフトウェアにも新たなアプローチが必要となっているのです。

必要とされる自己改革

コネクテッドカーシステムでは、セキュリティ保護以外の理由からも、ソフトウェアを継続的に開発して提供し続ける必要があります。そのような継続的な提供プロセスは車両のライフサイクル全体にわたって続き、車両とそのECUが組立ラインかを離れた後も続きます。新しいE/Eアーキテクチャを搭載した車両であればなおさらそれが重要です。開発者は、マイクロプロセッサベースの強力な車載コンピュータを駆使して各種機能を思いのままに配置していきます。異なる自動車安全度水準(Automotive Safety Integrity Level:ASIL)の混在も可能で、機能間のインタラクションが増えるほど各ドメインの結びつきは強くなります。したがって、システム全体を広く見渡す視点での機能安全、堅牢性、セキュリティも考慮しなければならなくなり、ひいては新しい管理体制と企業文化が必要になることでしょう。

プロセスの仮想化とフロントローディング(前倒し)は重要な出発点になりますが、 既存のプロセスステップを仮想世界へそのまま移し換えるだけでは、必要な改革を成し遂げることはできません。自動運転車やコネクテッドカーの開発を成功へと導くための牽引力を得るには、「並列化」と「自動化」、そして「アジャイルな手法」を取り入れることが必須となるのです。

新しい道を拓く

複数のパートナーが連携してプロジェクトを進める場合、従来のソフトウェア開発手法では、先行ステップの妥当性を確認するために費やされる時間とエネルギーは膨大なものになります。 一般的に、前のステップが完了するまで次のステップには進めません(図1)。パートナーから渡された成果物が信用できなければ、エンドユーザーにとっての付加価値を生まないコストが発生しまいます。

図1:従来の開発手法では、次のステップへ移行するごとにリソースを統合していきます。

しかし、仮想化と統合化を応用した継続的なエンドツーエンドのアプローチでは、すべてのDevOps(開発・運用)パートナーがバリューチェーンのあらゆる箇所で、常に最新のモデルとソフトウェアバージョンを使って作業することができます。短時間で容易に作れる実用最小限の製品(Minimum Viable Product:MVP)であればすぐにフィードバックが得られるため、顧客や開発チームが早期に誤りを発見して改善し、速やかにシリーズ開発に反映することも可能です。

自動化されたオブジェクト指向のアプローチで妥当性確認を行うと(図2)、継続的な開発ステップの並列化により開発・テストの工程を高速化できます。さらにサプライヤから自動車メーカー(OEM)までのチェーン全体にこのアプローチを適用すれば、効果は一層強まり、量産開始後も長期にわたって好影響が続きます。

図2:クラウド上での同時開発プロセスは、妥当性確認の自動化と開発ステップの並列化によりリードタイムを短縮し、付加価値を高めることができます。

「コラボレーション」は企業の枠内にとどめるものではありません。すべてのパートナーが対等な立ち位置で力を合わせ、バージョンの統合やテストを行えるようにするべきです。また、「スピード」と「インタラクション」に重点を置くには、オープンソースが果たす役割も重要です。

1つのアプローチとして、開発プラットフォームや各種開発ツールを「クラウドプラットフォーム」として提供する、というものがあります。チームはこのプラットフォーム上で作業し、選び抜かれたビジネスモデルを反映させ、顧客のニーズにかなったソリューションを開発します。このアプローチが効率的に機能するには、現実世界と仮想世界との一貫性の確保が不可欠です。そして最大の課題は、私たちのソフトウェアに人々が命を委ねる、という現実に、この「勇敢な」新しいアジャイルな世界が耐えられるかどうか、ということになります。

当社の実績

ETASでは数年前から上記のようなアプローチを数多く実践し、従来の体制からアジャイル手法を活用したScrumチーム制への転換を段階的に進めています(10ページ参照)。開発はクラウドベースへと移行しつつあり、当社のエキスパートとサプライヤがクラウド上で共同作業を行えるようになってきました。計測データや開発データのほか最新の開発ツールにも快適にアクセスできるため、目的のソフトウェア機能自体に集中することが可能になります。

納入時の検証を速やかに実施することは、信頼関係強化とコスト削減につながります。これらの変化は、総体的に非常によい影響をもたらしています。お客様からは、ETASの質とスピードの向上が高く評価されています。より多くの機能にまたがるソリューションを提供し、真の付加価値をお届けする能力があることが、認められているのです。

当社の製品ポートフォリオも、連続的な開発手法に合わせたものに変化してきています。コシミュレーション/統合プラットフォームのCOSYMでは、MiL、SiL、HiLの各プラットフォームの作業をクラウド上で連続的なプロセスで進められるようになっています。また、データロギングシステムとETAS Enterprise Data Analytics Toolbox(EATB)をクラウド統合することにより、膨大なデータの適合を行うための新しい標準手法も確立しようとしています。さらにRTA-VRTEは、未来のマイクロプロセッサベースの車載コンピュータ向けに、さまざまなソースのソフトウェアを実行できるAUTOSAR Adaptive Platformソフトウェアフレームワークを提供します。

より高いバーを跳ぶために

ITの世界と同じように、成否の鍵となるのは、健全な重要業績評価指標(key performance indicator:KPI)の継続的な監視です。測定する指標はすべての関係者に共通で透明なものであることが大切で、ソリューション全体のパフォーマンスは個々のコンポーネントのパフォーマンスよりも優先されます。そうすることで、顧客の利益を最優先として、関係者全員が一致協力することができます。このアプローチを成功させるには、すべての重要な利害関係者が参加しなければなりません。

自動車は高価な買物であり、耐用年数が長いものです。ストレージ、性能、コスト、環境への影響、寿命の長さ、といった制約は将来もついて回るでしょう。車両のセキュリティとIPは長期にわたって保証されなければなりませんが、現在のIT業界の開発手法をそのまま採用しても、これらの要件をすべて満たすことはできないでしょう。加えて法的な説明責任を果たす必要もあります。常時接続と仮想化を用いたアジャイルな車載ソフトウェア開発プロセスを実現する、という目標の達成には時間を要しますが、それでもなお、これが我々の進むべき方向性であることを、これまでの経験が物語っています。

まとめ

今、迅速な行動が求められています。従来のITメソッドが持つ革新力と作業効率をいかに車載ソフトウェアの開発に応用するかという課題に、私たち全員が直面しています。 車両の安全要件や耐用年数、自動車業界におけるコストダウンの圧力までも考慮に入れた新たなアプローチが必要であり、その道筋はすでに定まりかけています。

必要なのは「進化」か「変革」か、それとも「枠を超えた新発想」でしょうか?高い安全要件のさらなる「進化」、車両アーキテクチャの「変革」、未来の革新的なコネクテッドカーや自動運転車を制御する車載ソフトウェアの開発手法を生み出すための「体系的で独創的な新発想」、この3つのどれもが不可欠だと私たちは考えます。

ETASのポートフォリオには将来有望なソリューションがすでに多数含まれており、さらなる持続可能なアプローチも検討中です。顧客やパートナーとのコラボレーションを通じて、効率と性能を新たなレベルに高めていくこともできるでしょう。1968年にDick Fosburyが新しいジャンプテクニックで人々を魅了したように、ETASはお客様の熱い支持を得られることを目指して、日々開発に取り組んでいます。

執筆者

Christoph Hartung、ETAS社長 兼 取締役会会長

Günter Gromeier、ETAS GmbH 営業部門 取締役副社長

Jürgen Crepin、ETAS GmbH シニアマーケティングコミュニケーションマネージャ