未来のパワートレイン開発への挑戦

燃料電池用ECUのテストと妥当性確認を成功させる高度な技術

モビリティをより持続可能なものにするため、自動車メーカーはバッテリ式や燃料電池式のパワートレインへと方向転換をしつつあります。そして燃料電池用ECUの開発とテストを効率よく行うための革新的なテスト手法と妥当性確認手法が求められていますが、それに応えてETASは、シミュレーションモデルと組み合わせた包括的なパッケージを提供しています。

燃料電池式パワートレインの開発は、自動車業界だけではなく、政府、特に環境政策の立案に関わる省庁からも注目され、開発への動きはいよいよ本格化しています。とりわけ商用車エンジニアリング部門(貨物車、公共輸送車など)における燃料電池の技術は、エネルギー密度、充電/燃料補給時間などの面で、純粋なバッテリ動力に勝る利点があることが提唱されています。

しかしそれらを実現するには、燃料電池は今以上に化学的、機械的、電気的なレベルで進化を続ける必要があります。 ECUによる電子制御をめぐってもいくつかの課題が残されており、これらの課題を克服するには、燃料電池に特化した効率的なテストと妥当性確認の手法が必要になります。

図1:燃料電池HiLシステムの前面図

効率的なソフトウェア開発を助ける仮想化技術

HiLシステムを導入する主な目的は、ドライバーと車両、各種の車両コンポーネント、走行環境などを必要に応じて可能な限り現実に近づけ、シミュレーションを行うことです。シミュレーションの正確さは品質基準によって判定できますが、この品質基準は、各プロジェクトに携わる開発チームが緊密な共同作業を通して設定するものです。仮想化はソフトウェア開発の効率を改善し、時間と費用の節約に役立ちます。初期の検討段階から仮想化を取り入れることは、ソフトウェア開発の進捗に大きな効果をもたらします。HiLを用いれば、ECUソフトウェアの安全上重要な機能(水素漏れ検知、安全コンセプト、電気的コンポーネントの起動と事前充電のアルゴリズムなど)のテストを、機能開発者が机上で早期に実施することができます。そうしてできあがった組み込み制御装置のソフトウェアはシームレスに実験室へ移され、並列テストが行われます。

図1は燃料電池HiLシステム前面の写真です。アナログ/デジタルの入出力用ボードと構成設定用のバス通信インターフェース(CAN、LINなど)が搭載され、特定のECUファンクションに対して実際の電子負荷やシミュレートされた電子負荷を供給する機能も備わっています。一例として、HiLシステムに搭載された電子インジェクタ負荷モジュールを使用した高精度な水素ガスインジェクタのシミュレーションを実行することができます。燃料電池モデルは、リアルタイムシミュレーション用のコンピュータにおいて厳密なリアルタイム条件下で動作するよう設計されます。燃料電池の物理シミュレーションモデルの入出力とHiLハードウェアの入出力とをソフトウェア統合プラットフォームETAS COSYMで接続し、燃料電池ECUの適合インターフェースにより、シミュレーション - 燃料電池ソフトウェアのインタラクション - シミュレートされた燃料電池システム、という閉ループが形成されます。

正確な物理シミュレーションモデルがベース

HiLシステムのコアコンポーネントは、燃料電池システムの物理シミュレーションモデル、ETAS LABCAR-MODEL-FCです。このモデルは、燃料電池システムの効率性を大きく左右する5つの主要な部分で構成されます(図2)。

  • 燃料電池モジュール
  • 水素供給路/タンクを含む正極パス
  • 空気を供給する負極パス
  • 冷却によるシステム温度制御
  • エネルギー貯蔵・電圧変換・電気負荷(電気モーター)用の高電圧電気パス
図2:車両の燃料電池システム

このシミュレーションモデルをHiLシステム上で実行するには、いくつかの厳密な条件があります。第一に、ソフトウェアモデルがリアルタイムで実行可能であることです。また、単一セルの燃料電池モデルは、電流、温度、電気抵抗などの化学量論に影響を与える損失やその他の影響、といった物理法則を正確にシミュレートできなくてはなりません。

ガスチャンネルにおける水の動きと凝集状況を表わすには詳細な水組成と二相の水モデルの演算が必要です。同様に、各極におけるそれぞれの気体の組成を同定して圧力損失特性を算出する機能も重要で、これには1Dマルチコンポーネントのガスチャンネルモデルを利用することができます。さらには、さまざまな流動場の設計や、内部セル湿度の詳細な計算も必要です。

これらの基本機能に加え、コールドスタート時の燃料電池の挙動のきわめて緻密なシミュレーションも欠かせません。そのためには膜温度モデルが必要で、セル内の水組成の非線形的なダイナミクスと、温度に依存する流体特性も組み入れる必要があります。さらには、シミュレーションモデルを異なる燃料電池アーキテクチャ上でも利用可能にするためのモデルライブラリが実装できれば理想的です。

図3:セグメントに分割した燃料電池

実用向けの実装

ETASは以上のような要件を体系的に実現しました。 図4に示すように、各セルはガスチャンネルに沿って複数のセグメントに分割できます。Z座標はガスフローの方向を示し、X座標とY座標は膜とガスチャンネルに対して垂直に設定されています。各セグメントは、バイポーラプレート、ガスチャンネル、ガス拡散層、膜、といった燃料電池の機能層に対応しています。 したがって、個々のセグメントにもセル全体にも同じ連立方程式が適用できます。セル内のセグメント間、層間は質量の流れと熱の流れで結ばれていて、モデルのセグメント間のやり取りは、ガスチャンネルとバイポーラプレートにおける熱と質量の交換によってのみ行われます。

一方、膜/電極接合体(MEA)は、隣接するセグメントとのエネルギーの交換にはほとんど影響しません。しかも、そのX方向の厚みはZ方向やY方向の拡がりに比べると桁違いに小さくなっているため、セル内での空間的な圧力と濃度の勾配は主にX方向へ向かって生じ、その方向へプロトンと水を移動させます。空間特性のモデリングでは、ガスチャンネルとプレートに注目すれば十分です。この種のMEAモデルの評価では、セグメントを個別に評価することができ、1Dモデルの直接的な影響を受けることはありません。

ETASではこのアプローチの仕上げとして、各種コンポーネント(水素ガスインジェクタ、水素再循環ブロワー、正極パスの通気弁、負極パスのエアコンプレッサと除湿装置、冷却ポンプ、冷却パスのMCV弁、安全回路、DC-DC高電圧入力端子など)を集めたライブラリを作成し、これによってHiLシステム用燃料電池プラントモデルが完成しました。

用途

ETASのソリューションの性能と精度をご覧いただくため、適合前のリアルタイムLABCAR HiLシミュレーションプラットフォームによる結果(図3、赤いライン)と、同じ燃料電池用ECUを用いた車両走行テストの結果(青いライン)をグラフで比較しました。正極(水素)の差圧は走行テスト時とほぼ同じようなラインで変化しています。コンプレッサにおける空気の質量流量も、走行テストとモデルとで似たような傾向を示しています。燃料電池が供給する電流と電圧についても、モデルのデータと車両のデータはほぼ一致しています。

図4:LABCAR HiLシミュレーション(赤)と車両走行テスト(青)の結果の比較

このソリューションは、それ以上の可能性も秘めています。例えば、ETAS ASCMO-MOCAなどを利用してテストベンチ計測による燃料電池モデルの事前適合を行うことで、シミュレーションの精度を最適化することができます。燃料電池モデルでは約350種類のパラメータを設定でき、多種多様なECUソフトウェアプロジェクトの要件に柔軟に対応することができます。また、電気モーター、バッテリ、車両ダイナミクスなどのシミュレーションを統合すれば、シミュレーションの結果をさらに改善できるでしょう。

燃料電池モデルの活用範囲は、HiLシステムのテストと妥当性確認にとどまらず、ソフトウェア開発の早期における仮想テスト走行などへの利用も考えられます。ETAS COSYMのXiLテストプラットフォームでは、ソフトウェア機能の妥当性確認を閉ループ実験で行えるだけでなく、シミュレーションモデルをより高いレベルの車両シミュレーションモデルに統合することも可能です。車載バス(仮想CAN、車載イーサネットネットワークなど)をすべてシミュレートできれば、開発の初期段階において現実に即したネットワーク通信の分析を実施することさえ可能になります。

まとめ

パワートレインコンポーネントの安全性と性能、および監視 - それらは未来の電動パワートレインコンポーネントの開発においても、重要なパラメータであり続けるでしょう。 とりわけ燃料電池用ECUの開発と改良にあたっては、燃料電池の精密なリアルタイムのシミュレーションこそが、HiLテストベンチによる妥当性確認の基礎となります。そこにSiLのテストプラットフォームも加えれば、開発の初期段階からの並列テストも可能になります。ここにご紹介したETASのXiLソリューションと各種シミュレーションモデルとを組み合わせることにより、あらゆる安全要件に準拠した燃料電池用ECUの開発を効率よく進めるための土台が構築されます。気候の変化に強い未来の車両の大量生産プロセスに燃料電池が加わるときが、また一歩、近づきました。

執筆者

Frank Ruschmeier、ETAS Automotive Technology Co., Ltd.
テスト・妥当性確認担当アプリケーションフィールドマネージャ

Chaoyong Tang、ETAS Automotive Technology Co., Ltd.
燃料電池テスト・妥当性確認担当プログラムマネージャ

Raphael Hans
テスト・妥当性確認モデリングスペシャリスト

もっと見る

LABCARモデル